entry

倉田嘘「百合男子」1巻感想、ギャクとして読むかシリアスとして読むか

date: 2011/09/07 19:16 | update: 2011/09/20 10:41
|

百合男子 1巻 (IDコミックス 百合姫コミックス)

現在、「百合」というジャンルは、女性同性愛という意味での「レズビアン」とはまた異なるものとして認知されています。しかしそれと同時に、その差がどのようなものであるのか、「百合」という言葉の定義や範囲ははっきりとは決まっていません。
これが各作品で様々な「百合」を表現できる余地ではあるのですが、それゆえに各作品の読者が「ああ、これこそが『百合』ってやつなのかぁ……」と独自に解釈し、派閥ができあがってしまいました。それぞれの解釈は間違っていないのですが、自分が好きな「百合」の範囲を狭く限定しているために時々論争が起こっています。

さて、本題の「百合男子」という作品について。
すでに、百合好きを公言するラジオパーソナリティー2ちゃんねるまとめブログでたびたび取り上げられたこともあって、タイトルやキャプ画を見た人も多いのではないでしょうか?

女の子はそんなに出てきません。男子高校生が主人公の百合漫画です。
これが本当に面白い! もしもあなたが「百合が好きだ。興味がある」と自覚している人ならば、派閥や宗旨を問わずに楽しめる(ようになる……なってほしい)一冊に違いありません。
作中では、本作が掲載されているコミック百合姫(一迅社)だけではなく他誌(他社)の百合作品が実名で登場するので、それらについての知識があればなお楽しめることでしょう。

さてこの「面白い」というのは、実は二方向の目線で読んだ感想です。


二方向からの感想

ギャグとして

1つ目はもちろん、ギャグとして。
主人公「花寺啓介」は、百合姫の前身とも言える「百合姉妹」創刊からの百合好き高校生(だが男だ)。
今日も元気にクラスメートの女の子と女の子で百合妄想。しかしふとした瞬間、真理に気づいてしまうのです。「百合の世界に、『男』である自分はまったくもって不要な存在なのだ」、と。
はい、ここで名言がポン。

「我思う、故に百合あり。だが そこに我、必要なし。」

バカですねー(いい意味で)。
確かに「百合(的事象)」は、自己がそれを「百合」として観測(現実にはちょっとした女子同士のスキンシップであっても、妄想の中で美化・脚色してそう認識すること)して初めて「百合」として成立します。
しかし観測者である自分(男)をその世界の内側に意識した途端に、それは「百合」ではなくなってしまうのです。
それらしい言葉を並べただけではなく、正しい思索だと言えるでしょう。が、読者からすれば啓介が悩めば悩むほど「何を大げさに言ってんねんw」というギャグになっていきます。
このイケメンのあまりの残念っぷりに、笑いながらも共感を覚えるはずです。頑張れ百合ーダー!

シリアスとして

2つ目は、シリアス(編集者は哲学と表現)として。
ソクラテスが自身の無知に自覚的であるという一点において、それに無自覚な人間よりも優れていると考えたように(無知の知)、啓介もまた百合に対する自分の存在を疑問に思うことで、ただの百合好き男子から一歩進んだ存在になったのです。多分。

彼は百合作品に対する造詣は深いものの、それが現実(もちろん作中における「彼の」現実)で起こると妄想がエスカレートし、その度に痛い目を見て帰ってきます。

「……今の俺は 百合を意識したものでない作品を
勝手に百合のものさしで測って叩く 過激派百合原理主義者に同じ!?」

アホですねー(いい意味で)。
いやしかし、そういった暴走に心当たりがある人が絶対にいるはずなのです。行き過ぎた百合脳によって登場人物の言動のすべてを百合的文脈で理解しようとし、物語の本質を見失うだけではなくその解釈を他人に押し付ける、百合厨・百合豚と呼ばれる人が! あるいは第4話のように、同じ百合好きでありながら宗旨の違い(後述)で対立する人が!

そして何より、「思春期に見られる少女同士の親愛」をテーマにした作品を楽しみにしていた女性や、現在進行形でそのことを悩んでいる少女が、「百合ん百合ん」とか「キマシタワー!」とかわめきながら土足で踏み込んできた男性を見て「どう思うだろうか?」と問いかけてくるのです。
またこれは、市場の拡大を狙って安易にコンテンツに百合要素を入れようとする業界への問いかけにも聞こえます。
そういう人に対して、「いい加減にせえよ」とチクリと刺す内容でもあります。

派閥について

この記事でも何度か話題に出している「派閥・宗旨」について。
百合は創作の一ジャンルですが、その内部ではいくつかの微妙な違いによって派閥ができています。細分化すればそれこそ作品の数だけ好き嫌いが出てくるわけですが、そこを「百合男子」では(やや強引ながらも)わかりやすく4パターンに大別してくれています。

肉体的(性的描写、R-18) 精神的(心理描写)
現実的
(リアル、女性向け)
鎌倉豊(大学生)
「青い花」、Feel Young系
武蔵野弘之(中3)
「マリア様がみてる」、少女誌
理想的
(ファンタジー、男性向け)
籠目正二郎(高2)
「少女セクト」、成年向けコンテンツ
桜ヶ丘健司(高1)
「けいおん!」(特に律×澪)

自身の実体験、女性の内面に対する畏怖や、同性愛への社会の偏見など、百合に至る経路は読者の人生背景によって異なるため、「ハイ私は、ここからここまでしか『百合』と認めませーん!」というように、強固に線引きされてしまっているのです。

週刊少年ジャンプに対する「バクマン」がそうであるように、コミック百合姫に対する「百合男子」の「メタネタ」を嫌う人もいるでしょう。
のっけから「りっちぃ(=百合姫編集長)前に出過ぎだろ」という自虐や、「なもり×なもり×なもり×なもり」という都市伝説(?)ネタが入ります。
あとがきで作者がしきりに気にしているのは、つまりこういうのが嫌いそうな、百合姫にガチでリアル系のストーリーを求めている層の評価だと思われます。
作中ではこのセグメントには「鎌倉豊」という大学生が該当します。グループの中で最年長の彼は、自分の百合論がジャンルにおける最上部であると主張します。端的に言うならば、「性的表現を通したリアリズムこそが百合の本質である」、というのです。

確かに一見すると「鎌倉側」が大人びた濃い百合の世界で、反対の「桜ヶ丘側」は幼く薄い世界に感じるかもしれません。しかしこうやって平面の表にしてしまえば、そこには優劣(高低)の差があるわけではなく、ただ端に好き嫌いの差があるだけなのだということ気づくはずです。立っている次元が同じであるから、作中の論争がばかばかしい展開なのも当然のこと。
個人的には鎌倉の層をはじめ、自分の百合論を「高低」で考えている人にこそ、この回を読んでジャンルの捉え方を広くしてほしいと考えています。それこそ作者自身がそうであると言うように「鎌倉寄りの啓介」の心境にまで達すれば、「ガチはガチで」「ユルいのはユルいので」と気軽にいろいろな作品を楽しめるはずですから。

これからのこと

「百合男子」の登場人物の苗字は、他の百合作品に登場する学校名や地名にちなんだものばかりです。藤ヶ谷(藤が谷)・松岡は「青い花」、花寺は「マリア様がみてる」といった具合。
このあたりから、人物像の考察や先の展開の予想をしてみても面白いかもしれません。

実際、ちりばめられた百合ネタ・百合あるあるの影で、伏線も多く見られます。
松岡の思い、宮鳥の過去、4話ラストの傘の少女は誰なのか、など今後の展開が楽しみです。
また啓介が、彼の現実に起こっている(これから起こるであろう)百合的事件にどう関わりどう成長していくのか、期待しています。同時にそれは、百合というジャンルに対する読者の理解を広げてくれる可能性も秘めているはずです。

そう、ストーリーテラーである「倉田嘘」がギャグだけで終わるわけがないのです。
目先のギミックに惑わされないよう、2巻以降も楽しみに待ちましょう。あ、いや、ギミックも楽しいからどんどん入れてほしいですけれども!

百合男子1巻は、百合姫本誌に掲載された1話から4話までと、「まんがなもり ゆるゆりSPECIAL」に収録された妄想編、女子主観によるGirl’s Sideを合わせた合計6話分と、読み応えのあるあとがき漫画+対談で構成されています。
ギャグとして笑いながら読むもよし、シリアスとして自虐的に読むもよし、全「百合男子」必携です。
今すぐに買って、読みましょう。

関連するリンク

関連する記事